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2006年03月30日

ま。軽くおいらの経歴を。

あとで読み返すと、あほなさらけ出しなんだろな、と思いつつ行きます。

大学4年のとき、おいらは西荻のこけし屋というフランス料理屋でアルバイトしていて、
「パティシエもいいな」ってことで、料理長や洋菓子のチーフやボーイのチーフにねごってました。
そこの社長は早稲田の大先輩にあたるコケシみたいな顔したじいさんなんだけど、
「大学に入ってパティシエ目指すなんてどアホだ」なんてなじられてました。

そんなこんなで夏休みになっても就職活動はしなかったんだよね。
電通や博報堂に何十回もOB訪問してる奴がいて不思議でたまんなかった。
NTTの下請けの工事会社とか、カステラかなんか作ってる会社だとマジで思ってたから。
あとね。アルバイト先のローソンでね。大日本印刷の総務部長の人が毎日タバコを買いに来てくれてまあ親しくなるわけ。
「お前は就職活動してないんだろ。人事部長を紹介するから」なんて声をかけられておいらが答えたセリフは、
「え。DNPってきつそうですね。」なんか生意気なこと言ってたよね。

そんなこんなでですね。当時同棲してた彼女が出版社の編集を目指していて、いいとこまでいって落ちるわけですよ。
うぇんうぇん泣くわけですよ。就職浪人も覚悟してるわけですよ。

だったらおいらが稼ぐしかないなって思って、合同セミナーいくわけです。
そしたらね、投資マンションの会社の人が「しこたま儲けませんか」なんて言って来るわけです。
なんか儲かる気になってさ。なんか即採用になるわけ。そしたらね。「宅建とったら月給が5万円だから宅建うけろ」なんていうんです。

あと2ヶ月じゃないっすか。申し込みだけはその日にしちゃいました。でもねおいらがはじめに買った参考書が難しいなんので3日坊主。
1ヶ月したときにたまたま本屋いったら、「らくらく宅建塾」っていうおいらにとって、超マーベラスな響きの本があって買ったわけですよ。
そしたらほんと「らくらく」でさ、ここは「覚えなくてよし」とかふざけた事書いてあって、なんかうれしくなって、バイトを一ヶ月休んでうちこむわけです。
結果は合格っすよ。「おれには不動産の神がついている」って思ったわけです。

それがそもそもの間違いでした。
ちなみに宅建の結果待ちの間に、たまたま行った定食屋の「大戸屋」ってあるでしょ。
はりがみに新卒募集とかいうから、しゃれで受けたらこれも受かった。
でもさ「俺たちは日本の元気をつくるんだ」なんて目を輝かして、新卒を説き伏せる人事部長がアホに見えてやめちゃった。

それでね。入ったのがその不動産会社。
やばいのなんの。
電話をガムテでぐるぐるまきだったり、いつも灰皿なげる奴がいたり、後ろで竹刀を壁に叩いたりしてて超スパルタなわけですよ。
他の社員が保険加入とバーターで契約とってくると、おいらたちが入れさせられてさ。
「光通信だったらこんなもんじゃすまないぜ」なんて言う訳ですよ。すげえ光通信!なんて感動してました。

でおいらはこともあろうに、学生時代バカにしてた電通とか博報堂に電話をかけるハメに。
でね。訪問してさ。節税シミュレーションを作るときに年収を聞くでしょ。当たり前にあいつら1500万円とかいうわけですよ。
なんだよすげえじゃねえか。その時、何十回もOB訪問してた仲間の気持ちがわかったわけですよ。バカにしててごめんな。って思ったっす。

ま、そんなこんなで数字が出ないので、「おいらは営業センスは全くねえな」ってことでやめちまいました。
その頃、休みが全くないおいらに愛想がつきた彼女が家を出ちまったんです。会社に行ってる間に家具がなくなってるんすよ。

「お、洗濯機がねえ!」すげえへこみました。

すぐさま、廃棄処理業者にギターとベース以外の全てを引き取ってもらい、留年したダチ公のところに転がり込みました。

いま考えるとですね。
500枚ぐらいの洋楽のCD。アマゾンで売れば50万以上にはなってたわけですよ。
無知ってことはここまで人生を台無しにするんだってほんと思うわけです。

で。おいらの友人から、「芸能プロダクションを作るけど、お前やる?」なんて声が。
うひょひょ、芸能界っていう甘い言葉の響きにたまらなくなって、もちろんと。

で、そこでおいらの初めての兄貴分に会うわけです。彼(社長)と友人とおいらで会社ごっこがはじまりました。

といっても芸能プロダクションはどっかに消え、携帯電話のコンテンツ事業をやることに知らないうちになってました。

で、おいら、学生の時にパソコンなんてやる奴はナンパな奴だってバカにしてたわけ。ぜんぜんできないわけですよ。
まずドメインの意味がわからん。何がインターネットの住所だ。ここは渋谷区だなんてキレてました。

ってことで、お前は話にならんから、ブラインドタッチでも覚えてろってわけで、当初はずっと「特打ち」を1ヶ月ぐらいやってました。

「なんか俺は認められてねえな」ってことで、
また友達から「クロスビースティルシュナッシュ&ヤングの再結成ライブを見にサンフランシスコに行かない?」なんて甘い言葉に誘われて行っちゃいました。
持ち物が全くないので、ビームスのビニール袋に最低限の衣服を入れて米国へ。

実はそのまま米国に不法滞在しちまおっかなって思ってたんすね。
でもここでも神様がいたんすよ。おいらすげえ風邪にみまわれてずっと熱をだしていて、
かろうじてライブは見にいったんすけど、すげえ日本に帰りたくなりまって普通に帰国。

で、また2人に合流。
おいらは3歳年上の兄貴(社長)のところに住み込むことになりました。
しかも彼んちには彼女が住んでいた。彼女にとってはいい迷惑だったんだろな。
そんな生活を1年間以上はやったかな。

「携帯コンテンツを作るためのドコモの仕様書とJフォンの仕様書を入手したぞ。」
なんて大将がおいらに分厚い資料をわたすわけです。
(この社長のことを、彼以外のところで「大将」っておいらは言ってました。)

しょうがない。家に住み込ませてもらってるんだから。わけのわからない仕様書を読みましたよ。
ブックファーストにも何度も行って、一日一冊ずつ何かしらの本を読んでたな。
DB入門、TCPIP入門、CGI入門、HTML入門、C入門などなど。全部もちろん入門書ですよ。
C言語で「○hit○ball」ゲームも実は3日ぐらいで作っちゃうわけっすよ。
センスがあるんだかないんだかわからないまま、とりあえず仕様書はわかったつもりになってました。
しかもその仕様書は素人が作ったものだって勝手に思ってました。だってなんかおかしいところだらけなんだもん。

で次は企画書ですよ。はじめね。イラストレータで書いてたんすよ。
普通パワポじゃん。マックを使っていた人がちょっとだけ参画していてたから、イラストレータで書くのが当たり前だと思っていた。
1枚1データで、PCも固まるしわけわかんないっすよ。プリントアウトが超めんどい。20枚ぐらいだすのに1時間っすよ。

でね。はじめての仕事がさ。
Jフォンの位置情報取得のゲーム企画ですよ。
ある社長が面白い企画をもってくれば開発費だしてやるって。明日までだ。とか言いやがるんす。
しょうがないから作ってもっていったら、じゃあこれを深めてくれ、それも明日にね。
なんてことを1週間やってたら、あっちも観念して開発費だしてくれたんす。

でね。制作機能なんかないから、制作してくれるプログラマを大将が見つけてくれてもう手探りで作りましたよ。
我流でDB仕様書とかアルゴリズム表とか作ってさ。
プログラマの方も「本来こんな書き方しないけど、書いてあることは伝わります」なんて妙に感心されちゃってさ。

そして出来ると超うれしいわけ。
おいらと大将は毎日、家で夜遅くまでバグチェックを一緒にしたましたね。
「お、見つけたぞ」「すげえよくこんなマニアックなバグ見つけたな」なんてね。

でね。このゲームが位置情報取得のスゴロクゲームなわけで、移動してアクセスしないと検証ができないわけですよ。
でね。Jフォンから支給されたテスト端末を持って、山手線にのって検証するんですよ。ノート持ってアクセスごとにメモして。アホみたいに3周ほど。
まだそんな機種が市場に出回ってない時期だから、隣にすわる乗客も怪訝な顔してるんす。
で、おいらは「新橋でアイテム発見。」とかを確認して喜んでるわけです。

その仕事がきっかけかわからんのですが、ケータイメーカーからモバイルサイトの仕事をもらっちゃうんすね。

学生の時はさ、「このケータイつかえねえな。」とかバカにしてたんすけど、そのときのおいらはちょっとオトナです。
大将が資材部と口座つくるのにいろいろかけあってたのを知ってたから、なんかちょっと誇らしげな気分になりましたよ。
結局この会社で3つのケータイメーカーとつきあったんすから、学生のときにバカにしてたおいらはほんとバカでしたね。

ま。そんな出だしはそんな感じでやめる頃にはちゃんとした会社になってました。

で、なんでその会社をやめたのかっていうと、急に植木屋をやりたくなったから。

で、おいらは植木屋になります。
でもね、植木屋ってのは土建屋の仕事を親方が口をあけて待っているようなしょぼい世界ですぐにヤになりました。
親方は「今は不況だからしょうがねえな」とか、同い年の先輩職人も「ほんとはこのクソ親方のところやめてえんだけど不況だからやめられねえ」とか超つまらんこと言ってるんすよ。

そこで出会ったのが転職サイトですな。やっと出てきました。すんません。
おいらが登録したのはEキャリアとエンジャパン。
すげえ、転職活動ってタダなのか?って当たり前なことなのに妙に感心しました。

でね。Eキャリアからもエンジャパンからも同じ人材紹介会社からスカウトメールが来るんです。
ほんとふざけたもんです。「ありゃま、違う担当が別経由で来ちゃったんですね」ってしれっとしてる。

とりあえず暇ではあるので、スカウトされた紹介会社は全部まわりました。ざっと40社ぐらいね。原チャリで1日4件まわってましたね。
で、募集企業もつぎつぎにおいらのつまらん職務経歴書を見てぜひあってみたいとか言いやがって。
土日返上ですよ。え、求職者に土日があるのか? たしかに毎日が休日ですもんな。

・40社まわっている候補者なんて力いれたくないっていう紹介会社
・経歴書にケチつけて脅迫して手なずけようとする紹介会社
・不動産みたいにどれも同じですよなんていう紹介会社
・おいらの方がよく知ってるのに募集企業のおべんちゃら広報をそのまま言う紹介会社
・会うだけ会って採用・不採用をずっと放置する募集企業
・オーバースペックでしたと会ってから行ってくる募集企業。会う前に経歴書をちゃんと見ろよ。
・なんか自分に酔ったことしか話さない代表のいる募集企業。

いやーあん時は有象無象でちかれましたな。
それが3年前の話。あの時の経験が今やくに立つとは思いダニしてませんですよ。

それから後は、たぶんマイミクさんたちの多くは知ってる通りだと思うので割愛しちゃいます。

こんな感じで書いてみると、なんかおいら、やっぱおバカさんですね。
無知は人生を台無しにするんですな。

負け惜しみかもしれないけど、いまこうしてここにいる仲間と出会えたのはおいらの財産でしょ。
おいらがサクっとNTTドコモとかに入ってたらみんなと会えませんでしたぜ。
そうなってたらおいら絶対転職なんかせずに波風たたずに可も不可もないCDコレクターになってましたぜ。

まあこんな人生もありということにしてくださいな。
ofragrance at 16:57 │Comments(0)TrackBack(0)人材ビジネス 


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