December 21, 2005
スニーカーの歴史
スニーカーの起源はブラジルのネイティブが素足にゴムの樹脂を付け乾燥させていたことにさかのぼるが、
ニューヨークに住むウェイト・ウェイブスターが1832年に、靴底にゴムを張った靴の特許を所得したのが実際のスニーカーの始まりだ。
1834年にチャールズ・グッドイヤーがバルカナイズ製法というゴムを熱することにより汎用性のある素材に加工する技術を発明。
1837年に新聞での通信販売で初めてスニーカーと言葉が使われだした。
ラバーソールのようなカジュアルブーツ、カジュアルシューズもスニーカーであり、
スポーツシューズ=スニーカーということではなかった。
スニーカーがスポーツと最初に結びついたのは1896年のアテネ・オリンピック前後。
現在まで継続して存在するスニーカーで最古のモデルは1917年に誕生したコンバースオールスター。当時は完全な純粋競技用であり、コート外のゴム靴とは明確に区別されていた。
オールスターのローカットモデルをOX(オックスフォード)と呼ぶのはオックスフォード大学の学生によく履かれていたから、というように次第にカレッジスタイルの一部になっていく。
1970年代のジョギング・ランニングブームで様相が変わる。
アディダス、ブルックス、ナイキ、ニューバランス等各社はこの時期、
爆発的な売れ行きと過当競争の中、多くの名品を輩出した。
ビラノバ、シュープリーム、ヴァンテージ430(ブルックス)、
TRX、SL72、SL76、カントリー(アディダス)、
ワッフルトレーナー、ワッフルレーサー、オレゴンワッフル(ナイキ)、
ナイトホーク(プロケッズ)など。
レザーアッパーの登場と普及も見逃せない。
スーパースター、スーパーバスケット(アディダス)、
ワンスター、ジャックスター(コンバース)など。
そして1980年代。バッシュ全盛のこの時代を支えたのはテクノロジーの急速な進化だ。ランニングにおける軽量化と、バスケットシューズにおけるフィット感・強度といったアッパーに重点をおいた改良、開発が行われてきたのである。
1979年に軽量化兼衝撃吸収パーツ、エアを実用化していたナイキの時代がやって来る。先見性のないがコンバースは本社倒産へ追い込まれていく。
ミッドソールへの衝撃吸収システムの開発合戦が繰り広げられた。
それが1990年代中盤のハイテク・スニーカーブームを作り上げた。
1980年代の前半は縫製技術の向上の産物として
ウエポン(コンバース)
フォーラム(アディダス)
などを生み出すが
ナイキのエア搭載モデルは徐々にその支配下領域をNBAのコート上に広げて行った。
アシックスはゲルを、
プーマはセルとディスクシステムを、
プーマはヘクサライトとインスタンポンプさらにDMX、
フィラは2Aシステムを、
コンバースはエナジーウエーブとリアクト。
結果として1980年代はバッシュの時代になり、
そして1990年代は爆発的なテクノロジーの普及の時代となった。
ファッションとしてのブームとは無関係な様相ではあったが、
自社のシステムアピールの材料としてアッパーは劇的にデザイン的な変化もあった。
見た目優先のアッパーが再度、履き心地と云うアッパーのフィット機能に目が向けられ始めたのだった。
ナイキはハラチ・フィットネス・システムを
さらに進化させたシューレス・レス・アッパーモデルのエア・クキニ、
エア・プレストで機能と美観の両立を果たした。
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